僕は会社を辞めて間もなく半年以上になります。
以前の投稿では、退職して今思う事として、
健康の大切さや、気持ちの余裕が人生を豊かにする事などついて書きました
今回のタイトルについては、小見出し3-B)に書いてあります。
他にも気づいたことが色々あるので、今回は続編として執筆しました。
1. 自分を縛ってきた”常識・価値観”を疑えるようになる
退職してしばらく経ち、自分が色々な常識や価値観、社会通念で窮屈になっていた事を実感しました。
1-A)窮屈な常識・価値観の例
例えば
・常に全力を出し続けなければならない
・仕事としてお金をもらう以上、理不尽にも耐えなければならない
・副業はすべきでない
・常に働いているのが、人としてあるべき姿
・社会的信用や出世ができないと、自信を持てない
・将来のために今を多少犠牲にしてでも、頑張るべき
・お金をもらう以上、ちょっとしたミスも許されない
・何事にも素早い行動が大事
・大変なのは自分だけじゃない etc…
このように様々な事に捉われ、自由な考え方ができていなかったと思っています。
1-B)仕事を長期間休むと、窮屈な常識を一つずつ手放していける
仕事を休む期間は、自分を窮屈に縛り付けてきた常識や思い込みを、一つずつ手放していく為の時間だと思っています。
そして、仕事を休むと勉強する時間がたっぷりあります。
勉強すればするほど、常識は誰かに都合の良いように作られていたり、前時代の名残だったりする事に気付かされます。
そのような窮屈な常識・価値観は、少なくとも自分の人生を幸福にしてくれるものではないと感じさせられます。
しかし仕事で忙殺されていた時期には、こういう事を考えている暇などありませんでした。
退職してゆっくりすることで、本来の自分を取り戻しつつあると感じています。
もちろん、不要な考え方を捨てていった中で、これは譲れないというのは出てくると思います。
自分の場合は、常に成長して変化をしていくことは大事にしたいと思っています。
長期間休むことで、不要なものが取り除かれ、自分が本当に大切にしたい事だけが見えてくるのだと思います
2. 自分の成長と幸福を邪魔するものが無くなる
仕事をしていた時は、正直、自分の成長を邪魔するものばかりでした。
長時間労働やハラスメント、理不尽な人事、価値観の押し付け等々
自己投資をするための時間も余裕もなく、ただ業務やノルマとストレスに追われる日々でした。
自己投資をする時間もなく、それによる苛立ちもありました。
過重労働を終了させたことで、自分の成長と幸福を追求するための環境が整ったと実感しています。
3. 何かに夢中になることの大切さに気付かされる
元気に仕事をしていた頃、夢中になれることはたくさんありました。
仕事、スキルアップ、部下のサポート、いくつかの趣味。
しかし激務で体調を崩してからは、何かに夢中になる事が次第にできなくなっていきました。
そして今 ー 会社を辞めて4ヶ月、体調も戻ってようやく今は通信制大学の勉強に本腰を入れて取り組めるようになってきました。
強く思うのは、「好きで夢中になっている人には敵わない」
ということです。
そしてこれは仕事にも当てはまると思います。
嫌な気持ちで仕事をしても能率は上がらず、周りも幸せにはできないと思うからです
「仕事は辛くて大変なもの」ー 今はそういう価値観も手放していこうと考えています。
3-A) 夢中になれる事があるメリット
夢中になれるものが沢山あることには、色々なメリットがあると思います
例えば、こんなところでしょうか。
・気分に高揚感があり、何でもできそうだとういう「自信」が持てる
・次々にエネルギーが湧いて、色々なことに前向きに取り組める
・「自分のしたいこと」に全力投球して、孤独感を感じにくい
3-B) 夢中になれる事の多さに比例して、人生は楽しくなる
仕事やプライベートそれぞれにおいて、夢中になれる事があればあるほど、その分だけ人生は楽しくなっていくと思うのです。
年齢は関係ありません。
もちろんキャパ的にできる・できないはあります。
しかし、例えば今夢中になっている事が落ち着いた時、他にもっと夢中になりたい事があれば、次はそれを優先すれば良いのです。
しかもそうする事で、自分の人生をコントロールしている感覚を得られます
これは心理学において自己制御理論と言われ、
自分の意思で人生をコントロールできている感覚が、自己肯定感には必要だと言われているのです
そうやって、人生は楽しくなっていくのだと思います。
しかしそのためには、健康は絶対に必要です。
不本意ながら仕事で無理をして、一度でもメンタルを崩してしまうと
夢中になりたくてもセーブをかける習慣が嫌でもついてしまいます。
自分の人生の楽しみを守るためにも、嫌なことで消耗して不幸になってはいけないと思うのです。
コメント